当たり前のようにセットになっているこの言葉。子どもと関わる様々な場面で大人は当たり前のように同じような対応をします。相手が泣いたらごめんね、ごめんねと言われたらいいよと許す。これは一体誰のための言葉なのでしょう。乳幼児期に大切なのは「自分の気持ちを表現する事」「相手にも気持ちがあることを知ること」
「ごめんね」「いいよ」のやり取りが、子どもが感じて湧き出る言葉ではなく、大人に言わされている言葉になっていないでしょうか。大人にとって都合のいい言葉になっていたとしたらそれはとても危険です。
では、どんな対応、言葉がけが大切か。乳幼児期の子どもの発達を踏まえながら考えてみましょう。
子どもの発達を理解する
自我が芽生え言葉の理解が進むと、自分の気持ちを言葉にして伝えようとする子どもの姿がでてきます。するとトラブルも増えていきます。これは自然なこと。なぜなら、自分の気持ちを言葉にすることができても「相手にも気持ちがある」という事をまだ知らないからです。3歳くらいになると少しづつ理解できるようになりますが、個人差はあります。じっくり丁寧にサポートできると「気持ちに折り合いをつける事」や「思いやり」を学んでいきます。
言わされる言葉の意味のなさ
Aちゃんが積み上げていた積木を妹に壊されてしまったとします。「こわさないで!」と泣き出す。それを見ていたママが「壊したらAちゃん悲しいね。ごめんねしようね!」と言います。育児をしていればよくあることかもしれません。しかしこれでは子どもの気持ちはそっちのけです。
Aちゃんは壊されたくなかった。これは当然です。積み上げることを楽しんでいたからです。容易に想像ができるでしょう。では、Bちゃんの気持ちは?
意地悪をしたかったわけではない
Bちゃんにとっては壊すことが遊びだったのかもしれない
遊ぼうと思っただけなのに「ごめんね」…
これではこの時期の子どもにとっては何が何だか理解できません。言葉と行動が一致しないからです。
そして…Bちゃんが、訳も分からず「ごめんね」と言ったとします。するとママが「ごめんねって言ってくれたよ?いいよって言おうね!」やりとりを教えたいと思う気持ちも当然です。しかし子どもの気持ちはどうでしょう。一生懸命積み上げていたわけですから「いいよ」なんて思ってはいません。悔しくて悲しくてどうしようもなくて泣いているでしょう。
くみ取る・寄り添う・サポートする
親の対応で大切なことは「子どもの気持ちをくみ取る」「子どもの気持ちに寄り添う」「お互いの気持ちが伝わるようにサポートする」という事です。
ならば、どのような関りが適切か。子どもの言葉にならない思いに気付く力が必要です。
子どもの気持ちを代弁する「Aちゃんは壊されたくなかったんだね」「Bちゃんはガシャーンして遊びたかったのかな?」ことばの発達には差がありますから時にくみ取ってあげることも必要です。
「壊さないで!」って言えたね!イヤだったんだね。とAちゃんが自分の思いを言葉にできたことを認め寄り添いましょう。Bちゃん(妹)も遊びたかったみたいだよ。と子ども同士のやり取りのサポートをします。
またその逆も大切です。Bちゃんも遊びたかったんだね!と気持ちを受け止めつつ、Bちゃんはガシャーンが嫌だったみたい。と伝える。
そして「Aちゃん、ガシャーンしてごめんね」とママが言います。子どもに言わせたりはしません。子どもなりに大人の姿からこんな時は「ごめんね」って言うといいんだと学びます。ここで言える子もいれば言えない子もいますが、言えないことは悪い事ではありません。相手にも気持ちがある、相手にとって嫌な事をしてしまったら「ごめんね」という。まずは、その方法を知ることが大切です。経験からしか学べないのが人と人とのかかわりかたです。長い目で見守る、サポートすることができるといいですね。
「ごめんね」が言えたからと言って「いいよ」と言ってもらえるかはわかりません。あっけらかんとして別の遊びに向かうこともあれば、落ち込んだような表情を浮かべることもあります。そんな時はしっかり抱きしめて「遊びたかった」その気持ちをママが一緒に満たしてあげられるといいのかなと思います。
「ごめんね」「いいよ」は何のため?
結局は大人にとっての分かりやすい解決の仕方になってしまってはいないでしょうか。大人が勝手にスッキリしてこの問題は終わりね!としてしまっては子どもの気持ちはないがしろにされてしまっています。
乳児期に大切な関りは「ありのままの自分を受け入れてくれる人がいる安心感を感じられること」
幼児期の終わりまでに育ってほしい「10の姿」の中に道徳性というものがあります。道徳性というのは相手の気持ちを理解し、共感したり自分の行動をふり返ったりし相手の気持ちを考えながら行動するようになる、そんな力のことです。
自分だけの世界から誰かと関わる世界へ1歩踏み出した子どもたちにとって「相手にも気持ちがある」という事はまだまだわからないこと。
早くその場を収めたい、トラブルを避けたい、そんな大人の気持ちは「子どもが学ぼうとする機会」を奪っているのと同じです。喜怒哀楽、どんな気持ちも受け止めてあげることで「自分の気持ちに折り合いがつけられる」ようにもなっていくはずです。
まとめ
親が兄弟喧嘩の仲裁に入る時に最も大切なことは、「どんな気持ちも大切にする」これに限ると思います。ありのままの自分を表現するには受け止めてくれる人の存在が必要です。応答的な関りは「自分は愛されている」と認識することに直結します。「ごめんね」「いいよ」に違和感を感じられる親でありたいものです。
子どもの気持ちに丁寧に寄り添うことが兄弟喧嘩がしんどくならないためには必要不可欠です。